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ゆるーく生きましょう。

毎日ほんのちょっとだけがんばる

普通の生き方ってなに?「普通レール」から外れることを恐れていたわたしが、留学に来てわかったこと

 

ハロー!

 

さっそくですが、みなさん。「普通の生き方」と聞いたら、どんな人生を思い浮かべますか?普通に四年制の大学を卒業して、普通にみんなと一緒に就活して、普通に会社に就職して、週5日働いて、結婚して・・・

 

わたしは今まで自分が「普通」じゃなくなることに対して、大きな不安を抱いていました。しかし留学に来てから、自分が今まで思っていた「普通」は海外に一歩出たら「普通ではなくなる」ということに気づきました。

 

 

「普通」に憧れていた高校時代

思い返せば、わたしが「普通」というものに対して強い執着を抱くようになった始まりは、高校1年生の頃でした。髪の毛がもともと茶色で少し派手な持ち物を身に付けていたわたしは、高校入学したての時にいきなり浮いてしまい、友達があまり多くはできませんでした。バラ色の高校生活を送る気満々だったわたしにとって、「友達があまりできない」ということは、高校生なのに「普通ではない」ことを意味しました。

 

 

「変わってるね」と言われることは嬉しいけれど

時は経て、大学生に。大学生になってからのわたしは、もっぱら友達に「おもしろい」「変わってる」と言われるようになりました。実際に自虐ネタはかなり披露していたし、しゃべり方も少し特徴があるらしく物真似もよくされました。わたしは周りからそのように思われることが楽しかったので、だんだんと「普通」というものへの執着はなくなっていました。しかし・・・

 

 

クリボッチが怖い

大学生と言ったら、彼氏or 彼女とデート!リア充バンザイ!誕生日に恋人がいないなんて考えられない!クリボッチなんてもっての他!という日本あるあるの風潮にしっかりと踊らされていたわたしは、「大学生なのに恋人がいない=普通じゃない」と自分の脳みそに勝手に教え込み、クリスマスのたびにそれはそれは凹んでいました。「ああ、やっぱりわたしは普通じゃないんだ・・・」と思い、自分を好きになってくださる方との交際も考えたけどやっぱりムリで、クリスマスや誕生日だけは「普通の大学生」になりたかった。

 

 

みんななかよく就職活動!

普通の大学生。それは3年生の秋頃になったら就職活動を考えるということ。漠然と入りたい会社はあったけれど、心からそれがやりたいことなのかが分からないまま、とにかく普通レールから外れることが怖かったので、みんなと一緒に普通に就職活動をしようと思っていました。しかし大学3年生の秋から1年間海外留学することが決まり、そこでわたしの中の「普通」の概念が音を立てて崩れ去ることになります。

 

 

国籍。容姿。生き方。考え方。

みんな違ってみんないい。

ニュージーランドに来て出会った人たち。そこにわたしが思っていたいわゆる「普通」の人は、誰一人としていませんでした。体のあらゆるところに入れ墨を入れている17歳の子、ひどくコミュ障の人、つらいことがあって精神病院に通っている人、18歳から仕事をしている人・・。ニュージーランドで出会った友達は、日本にいたときにはわたしの周りになかなかいなかったような人たちで、日本にいたら「少数派」に属していただろう人たちで、でもこっちに来たらみんながみんな違いすぎて、もはや何が普通かを忘れてしまった。恋人なんていない人の方が多かったし、日本のそういう風潮があるということを教えたら、みんなすごく驚いてた。すっごく、のびのびとした気分になれました。

 

 

その環境、その人たちだけがすべてじゃない。

そもそも、「普通」って何だろう。それはきっと多数派が選ぶ選択肢であり、自分の周りの多くの人たちが思う考え方であり、世の中の「平均」とされているモノやコト。だけど、大多数の人が選ぶからと言ってそれが必ずしも正解なわけではないし、それを選ばないといけないわけではない。だいたい地球の規模で考えたら、自分の知っている人たちや自分のいる世界なんて小さすぎて、それだけを見て「これが普通」とか考える方がおかしい。

 

 

わたし、就職活動はしない!

もともと、わたしにはある興味の分野がありました。だけどそれを仕事にしようと思ったら、普通の株式会社ではできないようなことでした。留学に来る前は、新卒でいわゆる普通の会社に就職しなかったら、世間的におかしいかな・・と思っていましたが、こっちに来てから「自分の本当にやりたいことを仕事としてやろう」と決意することができました。だからわたしは、日本に帰ってからいわゆる普通の就職活動(短期インターンや企業説明会への参加など)はしないことになります。前までは考えもしない選択でしたが、今は怖くない。わたしの周りにいる人とは少しやりたいことが異なっているけど、その仕事を考えただけで「頑張ろう!」ってやる気になるから、きっと間違ってないのだろうと、今は思っています。

 

 

「視野を広げる」ことの意味

「視野を広げよう」とよく言うけれど、わたしは今回のことで視野を広げる本当の意味が分かった気がします。いろんな人を見て、いろんな世界があることを知って、感じて、考えて、そうして視野を広げた先にあるものは、「個を尊重するということ」。自分含めて、世の中の様々な人の考え方・生き方を「変なの」とか「ずれてておかしい」とか思わずに、認めること。それがきっと、一人一人が生きやすい世界を作る第一歩で、視野を広げる本当の意味なんだと思いました。

 

 

そういう意味でも、わたしは留学に来て本当によかったと、心から思っています。